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1:
大量のマスケットと弓の雨の中でも平気で進む足軽だけでも相手はどうしようも無くなる
2:
civでもユニークユニットやからな

3:
普通に明軍のが強いでしょ

40:
>>3
秀吉軍に連戦連敗でボロ負けの明軍w

慶長の役も秀吉軍の連戦連勝だった
・漆川梁海戦
>敗北した朝鮮水軍は殆ど壊滅し、陸海で日本軍が西進する端緒となった。(日本側損害なし)

・南原城の戦い
>左軍と水軍による南原城攻略と同時期に、右軍も黄石山城を攻略する。両軍は共に全州に向かって進撃すると、
>ここを守っていた陳愚衷指揮下の明・朝鮮軍は恐れをなして逃亡し、明・朝鮮軍の当方面における防衛体制は瓦解した。
>これにより、日本軍は全州を占領する。
(明軍では李新芳・蒋表・毛承先らの副将が戦死、朝鮮軍では李福男(全羅兵使)・任鉉(南原府使)・金敬老(助防将)・
鄭期遠(接伴使)・申浩(別将)・李元春(求礼県監)・馬応房(鎮安県監)・呉応鼎(防禦使)・李徳恢(判官)・黄大中(義兵指揮官)
ら諸将が全員戦死し、ここに南原城は陥った。明・朝鮮軍は5000人が戦死した。)

・鳴梁海戦の真実
>根拠地および制海権を放棄し、遠方まで撤退している。これにより戦場の制海権は日本側のものとなったため、
>朝鮮水軍の基地である(全羅道)右水営や対岸の珍島の攻略を許し、結果として日本水軍の侵攻は成功している。
(奇襲しただけだった)

・蔚山城の戦い
>清正は急遽側近のみ500人ほどを率いて蔚山倭城に入城した。毛利秀元や黒田長政等の援軍の到着まで明・朝鮮軍の攻撃に10日ほど耐え、
>この戦いを明・朝鮮軍に20,000人の損害を与える勝利へと導いた。
( 明軍の指揮官クラスでは、 遊撃楊万金戦死、 千総麻来戦死、 千総周道継戦死、 千総李洞賓戦死、
把総郭安民戦死、 千総王子和戦死、 哨総湯文?戦死、 千総銭応太戦死、 張応元戦死、陳観策戦死、
遊撃陳寅負傷、 遊撃陳愚沖負傷、 という損害を出している。明将楊鎬は日本軍の追撃を恐れ、漢城まで撤退した。)
>この当時の朝鮮における明軍の総司令官であった楊鎬は、勝利と偽って本国に報告したが、惨敗したことがばれ、解任された。

57:
>>40
はぇ~日本軍ってそんな強かったんか
それなら秀吉は朝鮮滅ぼして明国の半分くらいは占領できたんけ?

60:
>>57
泗川の戦い・第二次蔚山城の戦いの時に秀吉すでに死んでてこの後帰国命令が出た

>先立つ8月18日、既に豊臣秀吉は死去しており、その死は秘匿されたまま10月15日に帰国命令が発せられ、撤退を完了して帰国した。

63:
>>60
こいつ第二次大戦でも日本軍最強とかコピペ貼りまくってそう
局地戦で勝っても結局当初の戦略的目標達成できずに撤退してるだけやん

67:
>>63
事実言っただけやけど、なんか気に触ったか?

73:
>>67
明軍ボロ負けで日本軍の強さに手もつけられないなら何で日本は有利な和平交渉結ばなかったんですかね…

77:
>>73
秀吉が死んで急遽帰らなアカン状況やったからやろ

79:
>>77
講話結んでから帰れば良いだけやろ

82:
>>79
和議結んで撤退したやん

110:
>>82
勝ってたなら領土獲得出来てたやろ

84:
>>77
なんで徳川家はその後朝鮮出兵引き継がなかったんや
その後明は北虜南倭と財政難で急速に弱体化してったのにその当時そんな圧倒的な戦力差あったならやれるやろ

86:
>>84
北虜南倭は朝鮮出兵の前ちゃう?

89:
>>84
家康が大陸への野心あったんですかね?
つーか明が弱いのと、家康が大陸進出するのと全く無関係やろ
秀吉と家康が全く同じ考えじゃなきゃアカンのか?

91:
>>84
家康にはパイを大きくするという発想はないように思う
パイの分配だけが経済

90:
>>73
南朝鮮の割譲提案されてたんですがそれは
なお、東北よりきつい気候だったのでいらなかった模様
そもそもあれだけ無茶苦茶やったのに、朝鮮にいる日本軍がほとんど報復も受けずに無事帰れてる時点で相当な優勢状態での帰国だと分かるだろ
当時は国際法なんかないから、国同士が戦争やめてもお構い無しで引き上げる兵に対する報復行為が基本だったのに

97:
>>90
そもそも秀吉は明国征服の足がかりとして朝鮮出兵始めたのに気候キツイからいらんわwとかアホすぎちゃう?

4:
西洋に行けば負ける
西洋が来れば勝てる
平地と山の差

5:
そんな命知らずの足軽おらんやろ

12:
>>5
朝鮮がボロ負けしたのって朝鮮軍が弱かったからって風潮やけど、実際は最初の釜山での戦いで弓の雨の中突き進んでくる武士を見て「あ、これ無理(確信」ってなってみんな戦うことすらしなくなったからやで

14:
>>12
それが足軽って記述あるんか?

34:
>>12
朝鮮内部での権力闘争と日本軍の銃を多量に使う戦術に対応出来なかった事が原因やろ

44:
>>34
それ信じてるの多いけど、中央が揉めてる間でも現地の連中はそれなりに準備してたんだよなあ
実際最初の戦いは当時としては難攻不落の城だった
でも秀吉軍とは戦闘の経験値が違いすぎた
権力争いがあろうとなかろうと崩壊待ったなしやで

51:
>>44
そら現地部隊は準備するに決まってるやろ
中央が混乱してるから各部隊の連携に支障が出たりしとるやんけ
実際水軍はそれで壊滅しとるし

59:
>>51
なんで連携取れなくなったかというと、最初の戦いで弓も城壁も全く意味がない秀吉軍にビビって士気が大幅に下がったからなんだよなあ
中央がしっかりしてても士気がガタガタやったら連携もへったくれもないで

64:
>>59
日本軍の士気や戦闘練度の問題ではないやろ
銃を多用する戦術に対応出来ず緒戦で主力を壊滅させられた事とに政争で軍政両面で内部対立が起きて連携が取れず士気が下がってるのが原因やわ
これだけ理由があるのに日本軍の兵士が強かった!って結論に至るのはちょっとおかしいやろ

11:
海から大砲打たれまくり

15:
>>11
当時の戦艦って陸上攻撃用としてはほとんど機能してないんですがそれは

13:
はえ~これが火縄銃って言うんか……
増産しまくったろ!

16:
はいファランクス

17:
>>16
マスケットの弾の雨あられで終了やろうなあ

19:
>>16
流石に時代が違いすぎる

18:
兵たん無視の局地戦やらせれば最強かもしれんが
国と国との大戦略戦争やらせたらなにもできないで負け
まず兵たんの運用ができない
戦国時代の兵糧や武器は足軽が事前に準備したものと現地調達が基本
大名も戦が長くなったら兵糧を補充するが戦国時代は戦地に商人が来て米や武器を売っていた
さらに他の大名を戦争をしている大名に対して兵糧を売って商売をしていた
戦国時代の大名には兵たんの概念が殆どないのね

20:
>>18
その時代はどこも兵站は現地調達が基本やで

22:
>>18
それを言ったらどこの国の軍隊も当時は現地調達が基本
遊牧民みたいに食料引き連れて移動する方式は16世紀レベルの武器装備になってからだと話にならない

21:
オスマンとかの砲兵部隊にはさすがに勝てんやろ

26:
実際、兵隊とか武器の数て
当時としては相当多かったんやろ

28:
>>26
いや全然

31:
>>28
あらそうなん
前にどっかのスレでそんな言うてたけど嘘か

38:
>>31
いやほんとやで
銃の数は日本がダントツ

30:
山田長政隊が強かったんだから能力が高いのは間違いあるまい

415:
>>30
当時の東南アジアが弱すぎただけや
順番で言ったら数の明、欧州東欧の次くらいだろ

33:
youtubeの動画で足軽が火縄銃撃ってたりすると
こんなんおかしいって突っかかってる外人草生える
ソースはラストサムライ

37:
戦国時代は日本の鉄砲所有数めちゃおおかったんだろ

42:
>>37
当時世界最大の保有数やで

45:
そういや前から不思議なんが
日本て鉄鉱石とれんと思うのに
なんでそない鉄があんの

47:
>>45
それはキミ一人がそう思っとるだけやでぇ?

48:
>>45
砂鉄やな
これが軟鉄で大陸から鋼鉄を輸入して幾度も折り返して折れにくい刀が出来上がった

鋼鉄だけだとすぐ折れる

46:
平安時代の武士のがキチガイ率高そう

50:
でもヨーロッパの要塞は銃がいくらあっても落とせないんじゃね
ヨーロッパの方がこの頃は大艦巨砲主義で大砲ばっかやろ

56:
>>50
当時の大砲って、ただ単に鉄の塊を飛ばすだけだから今の榴弾と違って殺傷力が低い
さらに、大砲は密集戦術でゆっくりやってくる相手には強いけど、日本のように散兵っぽい動きをされるとどうしようもない
傭兵を使ってた西洋と準国民国家軍になってた日本との違いやな

61:
騎兵の集団運用が無いからな
火縄銃あっても雨の日は厳しい

65:
>>61
手取川の戦いではそこをツイて、上杉謙信が信長軍破ったんだよな

71:
>>61
信長が生きている段階ですでに雨の対策はほぼ完成済みだったんやけどね
じゃないとあそこまでマスケットに依存した戦術にならない

ソースは小和田哲男

76:
>>71
それは相手にまとまった騎兵が居ないからで
日本の風土の特有のもの

66:
騎兵の集団運用が無いのは日本が山が多いからだろ
大平原での会戦になれば日本人もいやでも騎馬隊つくるはず

69:
>>66
そんな簡単に騎兵を編成出来ない
メチャクチャ訓練が必要な兵科だから育成出来ずに騎兵は傭兵使ってた国も多い
何より騙馬の技術無かったし

80:
戦国時代の頃って欧州は三十年戦争くらいか?
個人装備なら大差なさそう

98:
>>80
個人装備はそこまで大差無いと思うけど
大砲と騎兵という大きく劣った部分がある

102:
>>80
ウェストファリア条約が1648だからもう徳川の世やないか

85:
日本って本当資源さえあれば覇権国家だったのに腹立つわ
小笠原あたりにオーストラリア大陸あったら良かったのにほんと死んでほしい
というか日本人は航海技術発展させてオーストラリア占領しておけよ

87:
>>85
多分その位置にあっても別の国になるんちゃうか

88:
>>85
ワイ中学生の時にオーストラリアあったら
日本は戦争に勝ったちゅうて
社会の先生にひかれたわ

95:
>>85
むしろ資源がないからこそ外の世界に進出していく
白村江の戦いころはまさにそれで、朝鮮南部を確保しないと鉄と宝石という、国を支える重要資源が手に入らなかった

100:
>>95
魏志倭人伝の頃から朝鮮南部は倭国やしな

345:
>>85
この頃のゴールドラッシュで掘り尽くしたんだよなあ

94:
日本で鉄砲が使われだした頃には
欧州にマウリッツが出てきてるから更にもう一歩先に行ってるで

砲兵・銃兵・騎兵を組み合わせた戦術にボッコボコにされるわ
勝ち目なんてないやろ

99:
>>94
ソ連軍の火力ポケットみたいな戦い方なの?

113:
>>99
中世の混成軍から兵科単位の編成に変わってるしな
諸侯が軍兵と武器を集めてって日本軍じゃ相手にならんやろ

130:
>>113
マウリッツの軍事革命のキモって常備軍制と師団制で、これは信長がすでにやってるんだよなあ
そしてすでに言ってるように当時の大砲は榴弾開発前&砲身に溝を入れる前だからたかが知れてるし、残りの騎兵とマスケットの連携は日本でもすでに実用済みだし

137:
>>130
日本の戦国時代の騎兵なんてお話にならないレベルだよ
独立した兵科になってないし

101:
>>94
まあでも当時のスペイン宣教師が日本を調査した結果、日本には勝てないと本国に報告してるし

104:
>>101
武力で勝てないじゃなくて決まった王様がいかいからどこを倒せばいいかよく分からんで無理じゃなかった?

106:
>>104
確か、ルソン総督がスペイン国王に、日本軍がルソンに攻めてきたらルソンは壊滅すると送ってなかった?
実際、シャムでスペイン人の部隊と日本の武士主体の戦闘ではスペイン軍が負けているし

103:
もう言われてるけど行けば負けるし来たら勝つやろ

107:
戦国やないけど元寇退けたのは大変なことやと思うぞ

108:
>>107
あれはモンゴル弓が鎌倉武士の鎧貫通出来無かった時点で、元軍に勝ち目なしだった

111:
>>107
地続きのビルマやら朝鮮やらは支配したけどジャワとか日本は無理だったから海を隔ててるかそうでないかは大分違うと思う

109:
明とか倭国を舐めてたし本気で参戦してないぞ
余力残してたまま戦国武将ボコった

112:
>>109
ヌルハチ「余力あってあれか?w」

つーか明軍の武将が大量に死んでるですがそれはw

120:
>>112
秀吉が200歳まで生きてたら中華征服できてたと思うんけ?

127:
>>120
そら知らん

122:
>>112
明の武将?名前あげてみ

127:
>>122
李新芳・蒋表・毛承先・遊撃楊万金戦死、 千総麻来戦死、 千総周道継戦死、 千総李洞賓戦死、
把総郭安民戦死、 千総王子和戦死、 哨総湯文?戦死、 千総銭応太戦死、 張応元戦死、陳観策戦死などなど

114:
世界どこにでもキチガイはいるだろうけど日本でも島津とか加藤清正とか森とかやばい奴はやばいわ

115:
西洋の騎士の鎧に刃通らんやろ

143:
>>115
その代わり西洋の騎兵は動きが遅いから高速でかき回したり、集団で引きずり降ろせば終わり
高速でかき回すのはモンゴル軍が実際に成功した有名な戦術

150:
>>143
モンゴル騎兵のマネをどうやって日本がするんだ?
日本の騎馬なんて蹄鉄付いてないから西洋の騎兵より更に遅いぞ

118:
あり得ない話やけど平原に全軍集めて1国対1国みたいな戦いしたらヨーロッパの大体の国相手には勝つと思うで
兵力でかなり優位やし

125:
>>118
無理無理
日本には平原がとても少なかったから(平地は湿地か水田ばっか)
平原の戦いが一番苦手だし

131:
>>125
それでも兵力差がかなりのもんやろ
ヨーロッパの強国で動員数は10万人やろ
日本は20万人程度は動員可能やろうしワイが言った意味のない仮定やったら勝つと思うで

133:
>>118
平原じゃ欧州の列強にはどうやっても勝てんやろうに
騎兵が無いんだもの
カンネーの再現でなんやあの蛮族w言われるわ

141:
>>133
兵力差で押し切ると思うで
欧州の列強はどうしても動員数が少ないやん

151:
>>141
言うてもさほどの人口差があるわけじゃないんだよなあ
仏やドイツ圏とスペインと日本ってこの時代は1500万くらいで横並びだったかと

傭兵が多いから無理な動員はしないってだけで
フランスなんかは16~17世紀で10万を2方面みたいな戦争もしてるしなあ

161:
>>151
これより少し時代が遅い三十年戦争でも神聖ローマが限界まで動員して14万人くらいやろ
動員数には結構な差があるんちゃうかね

174:
>>161
言うて関ヶ原でも両軍合わせて14万~18万やろ?
数ではそんなに差無いんちゃう

185:
>>174
主戦場の関ヶ原だけで14万以上やろ

199:
>>185
時代ちょっと後になるけどスペイン継承戦争とかフランスだけで25万とか動員してるで
ブルボン朝最盛期だが

203:
>>199
流石に100年時代が違うと比べられんと思うわ

214:
>>203
wikiやけど30年戦争でもスペイン=ハプスブルク家は30万人規模で動員してるで
あの時代は既に神聖ローマ帝国はドイツにしか影響力なかったし斜陽だったはず

223:
>>214
いつの間にか欧州に日本と同程度の動員が可能な国が存在するかみたいな話になっとらんか
気づかず乗っかってたワイもワイなんやけど

229:
>>223
まぁハプスブルクはともかくあの時代普通に強国だったスウェーデンが15万とかやったから普通に日本も動員数で見劣りすることはないな

152:
>>141
騎兵vs歩兵で平地で真っ向勝負って無理ゲーすぎて日本軍からクレームくるやろ

119:
イェニチェリの方が強いゾ

123:
オスマンあたりが日本より強い言うならまだしも明は無いわw
兵站が続かなかっただけで地続きなら金でも征服できるような国やし

129:
>>123
明の方が強大やろ
呉三桂が裏切らない限り征服は無理や

132:
>>129
全盛期の宋ならまだしも明とかゴミやで

139:
>>132
ヌルハチだって明を武力で屈服させた訳ではないやん
日本の方が当時の勢力やとヌルハチより強大やけど正攻法で明に勝つのなんて無理やわ

155:
>>139
明国内の全兵力が一会戦上に集まったらそら勝てんやろな
ありえん前提やし今まで中国が征服された時のように各個撃破されるのがオチやけど

168:
>>155
漢軍八旗みたいな大規模な寝返りが起きれば勝てるかもしれんけど
国力的に正攻法で日本が明を征服するってのはあり得ない事やと思うで

175:
>>168
そら日本から兵站送ってたら征服できんわ
兵力の強さの話やろ

188:
>>175
兵力の強さってのがよう分からん
単純な兵の数で言ったらそれこそ明には勝てんやろ

193:
>>188
個々の戦闘力と戦法

124:
戦士階級10万人同士のぶつかり合いなんて当時のどの国でも無理

145:
そもそも戦国は兵糧不足で明に勝つなんて無理
日本最強は明治だろ

160:
>>145
日露~太平洋戦争開戦前あたりが日本史上最強よな

166:
>>160
それ考えると鎖国ってホンマ要らんかったな
鎖国してなかっらた江戸時代に日本は覇権握ってたやろな

148:
複合弓っていうほど強いんか?

154:
>>148
知らんけどなんかかっこええやん?
日本刀みたいな謎の技術力要素のロマンあるわ

167:
>>148
日本の弓より小さくても十分な威力を出せる

ロングボウ・和弓・複合弓、どれも殺傷力は十分で
むしろ矢が長い和弓が威力は一番あるって検証番組見たことあるが
軽くても十分な威力の矢を沢山持ってる方が有利だしな

149:
実際軍事力で明確に西洋>アジアになったのって産業革命前くらいやないのか
戦国時代くらいなら日本とヨーロッパ各国軍隊の兵力差はそこまで開いてない気がする

156:
フルプレートアーマーとかいうクソの役にも立たない鎧

157:
>>156
なんであんなん作ったんだろなw

192:
>>157
槍試合とか刃のない剣で叩き合う競技会用やろ

159:
織田軍が当時世界一鉄砲を所有してたらしいな

178:
>>159
それは特に根拠の無いヨタ話が拡散しちゃっただけ

169:
足軽とかいうより単純に戦国日本は鉄砲保有量がダンチ
意外やろうけど当時3000丁の鉄砲を持てた国なんて西洋にもありません

177:
>>169
イェニチェリヲタがシュバッて来るぞw

176:
日本刀オーパーツ説すき

183:
日本の鉄砲保有量
織田軍が一番進んでた

この2つはただの都市伝説だから二度と言わん方がええでw

186:
>>183
いや信長軍はナポレオン率いる大陸軍にも引けを捕らないとおもうわ
精神力あるし

191:
>>186
それはあるな!
第六天魔王が怖くて信長四天王が本気出すしな!

190:
>>183
事実やろ
否定するならそれを上回る保有数あった文献持ってきて

194:
  

   ちなみに・・・・

   当時のスペインポルトガルの国民は全部で200万から300万くらいしかいませんでしたw

   そして1600年頃の日本人口なんと1600万以上。これは農業技術の発達とペストコレラが出なかった事が要因。
   それと、戦国とか言っても死ぬ人間なんて大したこと無かったのもある。 因みに元時代のモンゴル人は 全部で100万人ですw そりゃそうだ、遊牧民族なんて大量に人口抱えられる形態じゃない

 
 

204:
>>194
農業技術はそこまで大した事無かったけど
米という超有能作物が主食だったのが大きい

196:
信長が99%統一して残りの1%を秀吉がみたいな風潮あるけど
あいつ実際の地図的には60%くらいしかしとらんやろ

376:
>>196
秀吉が凄いのは織田家の実権を握ったことやで

200:
  

   更に重要なのは、当時ヨーロッパの平均身長は、貴族階級ですら160cmくらいだということ。これはフル装備の甲冑等からの推測。
   つまりジャップと大差無かったってことだ。

   そういう状況で武器の違いで日本軍と諸外国の軍隊がガチで対決したらどうなるか・・・ という事ですな。まぁこれは移動と補給を一切考慮しなかった場合だが


 

237:
>>200
甲冑対刀は興味あるな
甲冑を刀が突き破れるのかっていう興味

244:
>>237
そんなもん無くてもワイの心は折れへんで

247:
>>237
そもそも甲冑着た武士の戦闘なんて甲冑の隙間狙って突き刺すか組み付いて転がしたとこに馬乗りになって脇差でぶっ刺すのがメインやぞ
馬鹿正直に一番固いとこに斬り付ける奴なんておらん

256:
>>247
夢ないことはいうなよ
ある程度の厚さなら切れるんちゃうかと思うやろ
そんな厚みのある甲冑を着てる訳でないしな

206:
良スレやんけ

207:
鎌倉時代以前には明確な身分制度があり、農民に生まれた者は亡くなるまで農民でありましたが、
この時代になると農民の中でも自治組織「惣」ができ、領主に従属することなく、自分たちで物事を決めることができるようになりました。

これにより、出たくない戦には出たくないと拒否の意を示すことができ、無駄な犠牲を被ることが無くなったといえます。

また領主においても農民の戦死は、国の収入減につながり絶対に避けなければならかったため、無理強いはできなかったようです。

さらに自治都市堺【現大阪府堺市】に代表されるように、このころは商人も力をつけてきます。戦国大名も商人たちの力を無視できなくなり、自国に留め置くなど様々な方法で商人の力を利用しようとしました。

これにより、貨幣の流通、農産物の流通が盛んになり、人口が増えたのではないかといわれています。

210:
日本の戦の独特の形態
世界の戦争を見てみると、たいていの場合他国に侵攻しその国の人を皆殺しにするか、相手君主を殺し、
その国の民は奴隷にすることなどで戦が終結しますが、日本の場合は大将が首を取られるか、相手に対し服従の意を示した時点で戦は終わります。

ですので、狙うのは大将の首なわけですから、手柄が無い農民や町人の首をとっても意味がありません。

記録によればこの頃の農民たちは大名同士の戦をスポーツ観戦の様にとらえていたらしく、事実関ヶ原の戦いには弁当を持った見物客が1万人以上いたというものもあります。

なぜこういう戦ができたかというと、戦に宗教上の対立や民族間の対立が無かったため、
明確に根絶やしなどというような発想にならなかったのではないかと言われています。

余談ですが、1日3食食べるようになったのは、この戦国時代からで、昼食はどこで食べていたかというと、戦場です。戦においてもお昼ご飯タイムはあり、その時間は互いに攻撃しなかったというのです。

庶民たちはいつでも逃げられる支度をしながらこの光景をみてどう思っていたのでしょうか?きっと中にはどちらが勝つか賭けるような者もいたのではないかと思いますし、お武家様も大変だとしみじみ見ていた者もいたことでしょう。

211:
この時代は二毛作、三毛作が当たり前に行われていたということです、二毛作というのは、同じ耕地で一年に2種類の作物を育てることで、
多くの農家がこれを採用しており、中には米→小麦→蕎麦の3種類を育てる三毛作を行っている農家も珍しくありませんでした。

これができたのは、用水路の進化が大きく、水田の水を抜いて即座に畑にできたからではないかと言われています。
さらに農具進化し、農民は鉄製のものを使用していたという記録や、米の品種改良を行い、災害や害虫に強いものを既に開発していたようです。
これにより、安定した食料が確保でき、自分たちも食べていくことができたのです。

217:
三十年戦争やらスペイン継承戦争やらの兵力ってどこまで信じてええんやろな

218:
結果論おじさん「結果的に占領してないから負けやろ」

221:
>>218
戦闘ならともかく戦争は戦争目的達成してなきゃ負けで間違いない

226:
何でインカ帝国は白人に負けたの
上陸のときに叩けなかったの

232:
>>226
そもそも大規模な戦闘発生してないんやで
馬に乗って髭生やしたスペイン人を創造神の使いと勘違いして丁重にもてなしてるとこを鉄砲持った少数の部隊が皇帝のアタワルパひっ捕らえて殺したらあっさり降伏したらしい

235:
>>232
性善説が大陸を滅ぼすゥー
皇帝しょーもな

230:
中国の鉄が質が悪いとか取れないからで無くて
日本の刀 鋼にする加治屋の技術が高かったたけで
日本の鉄の質は最低やで

234:
>>230
軟鉄がないと折れやすい言ってるんだが

231:
現地調達しようと思ったら朝鮮が貧しすぎて兵站が持たんかったんやろw

238:
>>231
物資の船を沈められたし戦略的にも負けてる

248:
>>231
名護屋城博物館所蔵の三成の書状にもこのままだと日本軍は飢えと寒さで全滅もやむなしと書いてるな

241:
信長の作った鉄の船はすごいよな

249:
>>241
鉄甲船ってやつだよな?あれって本当にあったか疑わしいんだろ

253:
>>249
普通に九鬼水軍の鉄甲船はあったで
トップヘビーになるから大きくして、船底に石詰めたと文献に書いてある

251:
  

   戦国時代の刀は 新刀 その中でも うちがたな打刀 と呼ばれるものが主流だった。

   これは上でも書かれてるように、当世具足の防御力が上がったために、斬りつけでは有効打にならず、鎧の隙間を狙って突きで攻撃する事が主流になったためである。


 

254:
室町期も元が編成した中で最大の遠征軍をボコボコにしてたもんな
2回も

257:
>>254
大陸の戦乱が一段落して余った兵士を処分するために送り込んだんやで
元としては一石二鳥で損失なし

258:
>>254
そんなんあったか?

260:
>>258
あったで

264:
>>260
鎌倉時代の話じゃないよな?

267:
元寇はどっちも気候に助けられまくっただけやろアレ
神風信仰の元ネタちゃうんか

268:
>>267
上陸出来ない時点で詰んでるやろ
帰るわけにも行かないなら沈むしかない

282:
>>268
文永の役は普通に上陸されてたでしょ
弘安の役は石塁築いて警戒してたから上陸は困難だったらしいが

285:
>>282
本陣構えられてない時点で無理やで

288:
>>285
???
何に対して無理って言ってんの文脈おかしくない?
上陸できたかできないかの話してるのに

291:
>>288
上陸したけど本陣構えられず、夜には船に逃亡やろ
そんな状態なら天候関係なく負け確定やんけ

272:
いまだに神風のおかげで助かったと思ってるってあまりにも学が無さすぎるよ勉強しよ

278:
こちらには無敵の立花宗茂さんがおるからね

302:
江戸時代初期は、日本の火器の保有量は世界一だった

332:
>>302
それノエルペリンがソースなしに勝手に言い出したデタラメだぞ

309:
徳川幕府「あれ?ワイが強くならなくてもライバルを弱体化すれば、ワイが最強になりますやん」

徳川「おい島津、江戸まで来て工事しろや。移動費金はお前ら持ちな」

326:
騎乗してる武士の後ろに母衣(布を走るときの風で膨らませてる)を背負ってたのは有能すぎるやろ
布一枚たなびかすだけで
後ろからの弓矢をかわせるとかすごいで
CSで見たわ白人が武士スゲーとか言っててホルホルしたで
マントも実は後ろからの弓を防ぐ為とかあったわ
竹かで丸くして布を貼ったのもあると
白人が実験してたわ
案外戦国時代の武士は世界的に見てもスキル高かったんかもしれんで

342:
>>326
布一枚で弓を防ぐなんて頭ええなあ

363:
>>342
白人が自分で的になって走って実験してたのは草や
何度もうってたけど当たらんもんなんやな
途中で止まるし不思議と布を一枚でそれたりするんや

328:
騎射自体は武士もやってたやろ
犬追物とか笠懸みたいな軍事教練が存在してたんやし
ただ大陸の騎馬民族みたいな後ろ振り返って追撃してくる敵を撃つみたいな取り回しやってはなさそう

331:
東アジアでは間違いなく最強
オランダ東インド会社の傭兵部隊で中核をなしてたぐらいだし
明は当時硝石の生産の大部分を占めてたから本格的な戦争になると硝石の輸出を打ち切られて勝てないだろうけど明は兵装や兵の組織率や練度は劣ってたからね
世界となると大正義オスマントルコがいるから最強ではないけどトップクラスは間違いないだろうね

341:
武士の中では弓は騎馬の上から射つものとプライドがあったらしいな

日本の弓が大弓なのは弦ひく力が弱かったとか
中弓とかなら湿気が多いから張るときに膠が取れるからつかえんかったとか

346:
>>341
確かに膠使った複合弓は大陸の乾燥した気候帯じゃないと使えなさそうやね

362:
ポニーみたいな馬乗ってたんだぞw

364:
>>362
そもそも鎧の重さに耐えられないから馬には乗らん模様

369:
>>362
それモンゴル馬や朝鮮馬やで
日本は木曽馬
サラブレッドより大きいけどモンゴル馬より大きいで

372:
訂正
>>362
それモンゴル馬や朝鮮馬やで
日本は木曽馬
サラブレッドより小さいけどモンゴル馬より大きいで

365:
Wikiであれだけど日本の中世以降の騎射

>静止した馬上から矢を放つ場合と、馬を走らせた状態で矢を放つ場合があった。いずれの場合も基本は前方方向への騎射であり、現在の流鏑馬のように左横への騎射は一般的ではなかった。

源順が編纂した『和名類聚抄』の巻四・術芸部射芸類では、馬を馳せる騎射を「馳射」と表記し、「於无毛乃以流(おおものゐる)」と訓読している。

つまり、追物射であり、騎射三物の中では犬追物こそが最も実戦に近かった。絵巻においても『前九年合戦絵巻』にある源義家が敵を射た場面や、『蒙古襲来絵詞』における三井資長の騎射の場面など、前方方向に向けて矢を射る姿が描かれている。


また、後方からの前方射撃への対処として「押し捻り」というパルティアンショットに似た後方射撃も使われた。

368:
>>365
はぇ~パルティアンショットもやってたんか
あっちの弓より取り回し悪そうなのにすごいな

380:
>>365
前方に撃つのが一番強いんやな
no title

367:
秋山好古が現れるまで基本日本の軍馬はずっとポニーみたいな馬だからな

377:
>>367
ポニー説良く見るけどほまんか?源平の時代から名馬の産地として有名な陸奥の馬は道産子系列のがたいの良い奴なんやけど

379:
>>377
寒立馬みたいなやつ?

387:
>>379
それと同じ様な奴やな頼朝さんの馬も陸奥出身

381:
>>377
サイズは小さいけど足がぶっといロバみたいな馬で馬力があったとかいう説もあるな
ソースはどこか忘れた

383:
>>377
ポニー説は嘘やで

396:
>>383
ポニーってのはアラブ産のデッカイ馬と比べてポニーサイズ言うてるだけやろうな

宣教師も太閤秀吉のもつ馬で一番良いとされる馬でさえヨーロッパでは駄馬の部類と記録してるし、イザベラバードも日本の馬はポニーみたいに貧弱的なことを文句いいながら自著に書いてる

370:
秀吉の目的が本当に征明だったかも不明やからな
口では明といっとるけど地図や現地通訳は朝鮮のものしか用意しとらんし
講和交渉も一番最初のふっかけてる段階で朝鮮の土地だけやからなあ

373:
義経の刀を見たけど
めっちゃ反っててかっこ良かったわ
義経の時代は刀が反ってて切る用
そのあとは突きに特化した
反りの少ない刀になってたな

384:
>>373
打刀も突きは普通にできるけどやっぱり斬るのがメインの刀やろ

突きメインだったら反りは邪魔だから直刀になるだろうし
幕末にはより直刀に近い刀がよく使われたとも聞くけど

403:
>>384
江戸時代は鎧兜着けての切りあいでないから
突くのが強いらしいで
龍馬の連れの人斬りイゾウも突きのうまかったらしいし

419:
>>403
そら突きは重要だし、真剣だとびびってリーチとれる突き多用にもなるだろうけど、江戸期に出来た剣術でも突きより斬りの方が重視されてるから、刀が突きに特化してるってことはないやろ

真剣での斬りあいで指が落とされた、袈裟に斬られたなんて記録は幕末でも多いし

406:
>>384
はっきりとは言えんが
おそらく刀は戦国時代でも2戦級の武器で
主力は火縄銃や投擲武器やったと思える
あくまで2戦級であって役に立たないわけじゃなが
あと、一本刀は戦闘が限定されて扱いが難しいと思われる
長い刀を振って敵の武器のリーチの内部に入り
小回りの利く短い刀で刺す
バキじゃないけど、これなら素手に近い感覚で
幅広い格闘戦ができる

413:
>>406
槍が折れたら刀があっても撤退することが多かったらしいな

425:
>>413
直刀とか反ってる刀とかあるけど
必ずしも一本持ちで戦うわけではない と言いたかったんや
槍もそうやが、武器のリーチの内部に入る技術が
格闘では重要になってそれを成しえるための技術が刀にもあったと思える
一本持って振り回すだけじゃ槍には勝てないし
実際投石などで槍より遠くから攻撃するのがセオリーではあったが

422:
>>406
刀無いと首狩れないから、使えなくても持たねばならんしな

427:
>>422
使えないことは無いだろう
剣道みたいに一本持って振り回す形態が弱いだけ
2刀流というのか知らんが
ああいうスタイルは戦場でも戦力になる

417:
>>384
短くて沿った義経の刀は接近戦でええやろ
つーことは船を八艘飛びで渡って斬り倒して行ったのありえるなと刀見て思ったわ
綺麗な刀やったわ

389:
西南戦争とかいう激戦
たしか銃弾と銃弾が衝突しまくってたんやろ

390:
野蛮さは世界一やな

401:
大正義トルコ軍に勝てる要素あるんか

405:
>>401
ワイは世界史全然しらん日本史オタやけど
少なくとも日本の火器保有量が世界一やったというのはデタラメやからなあ
トルコ相手は下駄はかせてもキツイやろ

414:
>>405
トルコや明軍は大砲があった
日本も青銅砲はあったが、鉄の大砲は
謎多き家康の大砲くらいのもの
火縄銃の製造技術は良かったと思うが
大型火器になると優位性は無かっただろう

428:
>>414
まぁ家康も大阪城攻略に
大砲を欧州から買ってるしな

435:
>>428
あれはヨーロッパ製なんか
成分が鋼なのは鑑定されたらしいが

411:
モンゴルの馬→時速60キロ
ポニーみたいなカス→時速30か40
ちなみに当時のヨーロッパには同じような速度で3倍ほどでかいのがゴロゴロいた

426:
>>411

でもさ船から上陸出来てないということは馬にも股がってないってことやろ

お察しやん

433:
>>426
騎兵を戦術に組み込むのは難しいしな
騎兵が強いんじゃなくて騎兵の使い方を理解できる
将軍が強い

430:
統率のとれた軍隊vs軍隊の戦いなら相当強いわ
でも命を惜しまない蛮族が相手だと案外弱い

438:
>>430
モスクワやスターリングラードを攻め落せなかったドイツ軍みたいやな

440:
>>430
でも日の本には神風があるから…

441:
武士がファランクスに勝てるとは思えない